パリ3日目の美術館巡りで「美の暴力」に圧倒された自分は、4日目、その興奮を携えたままさらに深い表現の深淵へと足を踏み入れました。向かったのは、ファッションの都パリが誇る、服飾の「アーカイブ」を展示する美術館のような空間。

そこは、単なる流行の残骸が置かれている場所ではなく、人類が「纏う」という行為を通じて何を表現しようとしてきたのか、その執念が凝縮された聖域でした。

ファインダー越しに覗くパリの光も、日に日にその深みを増しているように感じます。
布に宿る狂気と、マルジェラが壊した境界線。
会場に一歩足を踏み入れると、そこには90年代の空気感を色濃く残す作品から、現代に続くマエストロたちの傑作が、静かに、けれど圧倒的な存在感で並んでいました。

まず目を引いたのは、ドリス・ヴァン・ノッテンの2006年のコレクション。色彩の魔術師と呼ばれる彼の、当時の鮮やかな色彩感覚が今なお色褪せず、布地の上に息づいている。さらに遡れば、1979年のイッセイ・ミヤケ(三宅一生)の作品。布一枚という概念から、いかにして衣服を解き放つか。その果敢な挑戦の足跡が、そこにありました。

しかし、今回自分が最も衝撃を受け、その場で立ち尽くしてしまったのは、1989年のメゾン・マルタン・マルジェラの作品です。そこにあったのは、陶器を繋ぎ合わせたようなベスト。
割れた陶器の破片を、一つの衣服として再構築するというその発想。

「服とは何か? 美しさとは何か?」その根源的な問いを、言葉ではなく「破片」という物質で突きつけてくる。
まさに、前日にオルセーで見たゴッホの執念にも似た、狂気と隣り合わせの美学がそこに宿っていました。かつてパリの異端児と呼ばれた彼が、いかにして世界のファッションの構造を破壊し、再構築したのか。その熱量を肌で感じ、自分はしばらく動けなくなりました。

その他にも、クリスチャン・ディオールが描いた貴婦人のようなシルエット、ジョルジオ・アルマーニが追求した究極の仕立て。

過去を遡るアーカイブの旅は、単なる懐古趣味ではありません。

それは、未来へ向かうための「燃料」を補給するような、極めて有意義で、知的な刺激に満ちた時間でした。ファッションの都としてのパリの底力を、思い知らされた瞬間です。
鳩料理の洗礼とガストロノミーの真髄
知的な刺激で頭を満たした後は、パリの伝統的なガストロノミー(食文化)に触れるために、一軒の由緒あるレストランを訪れました。そこでいただいたのは、ここの名物である「鳩(ピジョン)」の料理です。

日本ではなかなか馴染みの薄い食材かもしれませんが、フランスにおいて鳩は古くから愛されてきた高級食材の一つ。
運ばれてきた一皿は、盛り付けの美しさもさることながら、その香りの濃密さに驚かされました。一口、ナイフを入れ、その肉を口に運ぶ。

野性味がありながらも、驚くほど繊細で、シルクのような舌触り。
噛みしめるたびに、命が持つ力強い旨みが口いっぱいに広がり、赤ワインの芳醇な香りと溶け合っていく。「ただ美味しいだけでなく、命をいただいているという実感。」
フランス人がこれほどまでに食に対して情熱を注ぐのは、それが単なる栄養補給ではなく、文化であり、哲学であり、そして生命への敬意そのものだからでしょう。
暁の宝探し。――アンティーク市場で見つけたフランスの魂とモールスキン
そして翌日。まだ街が眠りの中にあり、空に星が残っているような早朝から、自分はパリの名物である「アンティーク市場」へと向かいました。

「こんなに早くから出発するのか……」と、最初は少し面食らいましたが、パリのアンティーク好きたちの熱量は、自分の想像を遥かに超えていました。朝日が昇り始めると同時に、古いトラックから続々と運び出される「歴史の断片」たち。

一つ目のマーケットでは、フランス軍のヴィンテージウェアを中心に探索しました。特にお目当てだったのは、1940年代から50年代にかけての「モールスキン」のジャケットやパンツです。モールスキンは、直訳すれば「モグラの肌」。

その名の通り、厚手で丈夫、使い込むほどにスエードのような独特の光沢と柔らかさが増していく、フランスを代表するワークウェアの素材です。掘り出し物の山の中から、状態の良い軍モノのモールスキンを見つけ出した時の興奮。それは、ルーブルで至宝を見つけた時の感動とはまた違う、自分の手に馴染む「生きた歴史」を手に入れたという喜びでした。

驚くべきことに、その翌日も自分は別のマーケットへと足を運びました。パリには大きく分けて二つの有名なマーケットがありますが、その両方を制覇せずにはいられなかったのです。二日目のマーケットでも、普段の生活ではまず出会えないようなヴィンテージの小道具や、名もなき職人が作ったアンティークの数々に出会うことができました。

古いモールスキンの独特な色落ち、真鍮のボタンの鈍い輝き。それらは、かつて誰かがこのパリの街で、必死に生きていた証。「新しいものがすべてではない。古いものにこそ、魂が宿る。」そんなヨーロッパの伝統的な価値観に、どっぷりと浸かった二日間でした。

朝の冷たい空気の中、温かいコーヒーを片手に、ガラクタの山から自分だけの宝物を探し出す。それは、何物にも代えがたい「冒険」そのものでした。
結び。――効率化の先に、本物の体温を宿すために
パリのファッション・アーカイブ、伝統の鳩料理、そして夜明け前のアンティーク市場。この数日間で自分が触れたのは、パリという街が持つ「美の循環」でした。

誰かが着た服がアーカイブとして守られ、誰かが育てた食材が伝統料理として受け継がれ、誰かが使い込んだ道具がアンティークとして次の誰かの手に渡る。

100年後の誰かが手に取ったときに「これは本物だ」と感じてくれるような、そんな温度のある仕事をしたい。パリの石畳と、夜明け前の市場の喧騒が、自分にそう強く語りかけてきた気がします。

旅は、いよいよ最後の夜を迎えようとしています。エッフェル塔を遠くに眺めながら、自分はこの旅で手に入れたたくさんの「宝物」と、それ以上に重い「インスピレーション」を胸に、静かにこの文章を綴っています。

パリ編、そしてこの長い旅の物語も、今回でグランドフィナーレ。
次回はイタリア、ミラノへ向かった記事を書いていきます。
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