10兆円の呼び水は、誰に届くのか。日本政府AI戦略を経営者として読む。

2026.03.01

2026年2月、日本政府の「AI・半導体ワーキンググループ」第1回会合の資料が公開されました。全45ページ。日本のAI・半導体戦略の全体像がまとまった資料で、非常に読み応えがありました。

自分のような地方の中小企業の経営者が、政府の産業戦略をどう読むべきなのか。正直、最初は遠い話に思えました。でも読み進めるうちに、これは自分たちの仕事に直結する話だと気づきました。

凋落の数字

まず、現状の数字が強烈です。

かつて世界シェア50%を誇った日本の半導体産業は、今は10%未満。AI分野の民間投資額はアメリカの1/100以下。生成AIの利用率は世界53位で、たったの19.1%。

そして、海外デジタルサービスへの依存が拡大した結果、いわゆる「デジタル赤字」は膨らみ続けている現状があります。2030年には約10兆円規模に達するおそれがあるという試算も示されていました。

原油輸入額と同じ規模です。デジタルの世界で、日本は毎年それだけの富を海外に流出させてしまっています。

10兆円の国家戦略

この危機感を背景に、日本政府が打ち出しているのが「AI・半導体産業基盤強化フレーム」です。

2030年度までの7年間で10兆円以上の公的支援。それを呼び水に、今後10年間で50兆円を超える官民投資を実現する。令和8年度のAI関連予算案は約5,027億円。その中で最大の目玉が、AIロボット・フィジカルAIを見据えたマルチモーダル基盤モデルの開発に充てる3,873億円。

数字だけ見ると壮大です。
世界を見渡すと、アメリカはCHIPS法の廃止に言及しつつも半導体製造への税額控除を35%に拡大。韓国はAI予算を前年の3倍以上の約1兆円に増額し、NVIDIAのGPUを5万枚調達。中国は国家ファンドで7.5兆円を投入し、さらに11兆円の追加支援計画も。世界規模の投資競争が起きている中での、日本の一手です。

日本が賭ける領域

この資料で繰り返し出てくるキーワードが二つあります。「フィジカルAI」と「バーティカルAI」。

フィジカルAIは、画像・音声・動画・センサー情報を統合して、ロボットなどの「身体」を通じて現実世界で自律的に動くAI。バーティカルAIは、医療・金融・製造業など特定の業界に特化した専門AIエージェント。

市場規模の予測では、フィジカルAIは年率34.4%成長で2040年に約55兆円。バーティカルAIは年率21.6%で約35兆円。

日本政府の戦略的な読みは明快です。LLMの開発競争ではアメリカや中国に太刀打ちできない。しかし、工場・物流・建設・医療・介護・防災といった現場の実データを活用し、物理的な世界にAIを実装していく「統合力」の競争ならば、日本にはまだチャンスがある。製造現場で長年培ってきたデータやノウハウ、制御技術、センサー用の半導体の設計・製造基盤が強みになるという読みです。

これは戦略として理にかなっていると思います。勝てない土俵で戦うのではなく、自分たちの強みが活きる領域にフォーカスする。経営の基本と同じです。

問題は「需要側」にある

ただ、自分がこの資料を読んで最も気になったのは、別のところです。

10兆円の政府支援で50兆円の民間投資を引き出す。計画としては美しい。しかし、日本のAI民間投資がアメリカの1/100以下である根本原因が解消されない限り、いくら呼び水を注いでも民間は動きません。

その根本原因は何か。自分は、「需要側」の問題だと考えています。

AIを本気で使おうとする経営者の数が、圧倒的に少ない。

この資料でも「需要側産業の強化」の重要性には触れていました。でも、具体的にどうやって日本企業の経営者のマインドセットを変えるのか。その部分はまだ見えてこない。技術や資金の「供給側」を整備しても、使う側が動かなければ、投資は宙に浮きます。

自分が見ている景色

自分はWeb制作やブランディングを通じて、地方の中小企業の経営者と日常的に接しています。その現場から見ると、AIに対する温度感は二極化しています。

「AIは大企業の話でしょ」という経営者がまだ大多数。一方で、ごく少数の経営者が自分の手でAIを触り始め、その威力に気づいている。この二極化は、数年後にそのまま業績の二極化になると自分は確信しています。

自分たちがFIRST INTELLIGENCEで取り組んでいるのは、まさにこの「需要側」の問題です。AIエージェントを、中小企業の現場に直接届ける。難しい技術の話をするのではなく、「御社の業務のこの部分が、AIで楽になります」と具体的に示す。経営者が「使ってみたい」と思える体験を作る。

10兆円の国家戦略は、日本が最後のチャンスに賭けようとしている証拠です。でも、その戦略が本当に実を結ぶかどうかは、結局のところ「AIを使う側の人間」が増えるかどうかにかかっている。

供給側は政府と大企業が整える。需要側は、自分たちのような現場に近い事業者が耕す。その役割分担が見えてきたからこそ、自分たちの仕事に意味があると感じています。

政府資料の45ページを読み終えて、改めて思いました。

https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/joho/conference/seichosenryakuwg/aisemicon01/shiryo04.pdf

遠い話ではなくこれは、自分たちの話でした。

この記事を書いた人

山中貴司
山中貴司代表取締役
株式会社FIRST MADE代表取締役。
Webブランディング10年を経て、2026年に中小企業向けAIエージェント事業「FIRST INTELLIGENCE」を立ち上げ。
自社でも15名のAIエージェントを日々の業務に運用し、実体験に基づくAI導入支援を行っています。
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