人生で初めて、インドという大陸に降り立った。
今回の旅の目的は、青年会議所(JCI)インド全国大会への参加。
大会の会場はチェンナイ。まずはニューデリーで3泊を過ごし、そこからチェンナイへと南下するという行程を組んでいました。

せっかくインドの首都に来るならば、快適なホテルに籠もるだけではもったいない。バックパッカーの聖地として世界中の旅人が集まるパハールガンジ(Paharganj)を、あえて3日間の拠点に選びました。
夜のパハールガンジ熱気が、全身を包む。
空港を出た瞬間から、インドは自分を試してくる。
夜、ホテルにチェックインしてからメインストリートに足を踏み入れた瞬間、全ての感覚が同時に揺さぶられるのを覚えています。

まず、音。クラクション、怒鳴り声、どこかから流れてくるBGM、リキシャの車輪が石畳を叩く音。それらが重なり合って、一つの巨大な生命体の鼓動のように街全体に満ちていた。
そして、匂い。
カレースパイスの複雑な香り、排気ガス、人いきれ、香炉の煙。それらが渾然一体となって鼻先をかすめた瞬間、「ああ、自分はインドにいるのだ」という、逃げ場のない実感が込み上げてきました。

道の両端には露店が所狭しと並び、トゥクトゥクが隙間を縫うように行き交う。地元の人々、旅行者、物売り、大道芸人——あらゆる「個」が混じり合い、衝突し、それでも不思議な秩序の中で流れている。
これぞカオス。これぞ、インド。

予想していたはずなのに、その圧倒的な密度に、自分は完全に飲み込まれました。
大道芸人と、命がけの均衡。――路上に宿る、静かな哲学。
パハールガンジの路地を歩いていると、ふと視線を上げた先に、信じられない光景が広がっていました。
老朽化したビルとビルの間に渡された、細い竹竿の上。ピンクのシャツを纏った若い女性が、頭上に重りを積み上げながら、竿の上で静止していたのです。

バランスを保つために両手に持つ横棒が、空中でわずかに揺れる。
路上の人々は足を止めることなく、それぞれの目的地へ向かっていく。まるでその光景が「日常」であるかのように。

しかし自分には、その均衡の美しさと危うさが、目に焼き付いて離れませんでした。
完璧に制御されたリスク。不安定な場所に立ちながら、それでも揺るぎなく自分の重心を保ち続けること。この街の路上で、思いがけない哲学に出会いました。
土の器に宿る、一杯の宇宙。――路地裏のチャイが、旅の扉を開く。
パハールガンジの雑踏の中、ふと引き寄せられるように立ち寄った路地裏の屋台。
差し出されたのは、素焼きのクルハッド(kulhad)に注がれた、湯気立つチャイでした。

両手で包み込むと、土の温もりがじんわりと掌に伝わってくる。一口啜れば、生姜とカルダモンの鋭い香りが鼻腔を抜け、甘いミルクティーの余韻が喉の奥に広がっていきました。
値段は数十円。しかしその一杯の中に、インドという国が何千年もかけて積み上げてきた「暮らしの知恵」が凝縮されているように感じました。

使い終わった器は地面に叩きつけて割る。そうすることで土に還る。プラスチックでも、紙でも、ガラスでもなく、「土」を選ぶ。それが持つ、循環の美学。20年前の自分には気づけなかったであろう、この「あたり前」の豊かさを、今の自分はしっかりと受け取ることができました。
街に溶け込む陶器商の女性と、オールド・デリーの息吹。
路地を歩き続けていると、大量の素焼きの壺や皿を積み上げ、その中にどっしりと腰を据えた女性の姿が目に入りました。

赤茶色の衣をまとったその女性は、無数の器に囲まれながら、静かに往来を見つめていた。
土で作られた壺、皿、ディヤ(灯明皿)、置物それらの全てが、同じ大地の色をしていました。人も、器も、土もすべてが同じ源から生まれ、やがて同じ場所へ還っていく。

その光景には、飾り気のない、けれど揺るぎない美しさが宿っていました。
自分たちが手がけるデザインもそうありたい、と思った。華やかさや流行ではなく、大地に根ざしたような「本質的な美しさ」を、どれだけ表現できるか。インドの路地裏で、そんなことを静かに考えていました。
インド最初の「洗礼」。ネパール人観光客と、壮大な罠の全貌。
翌朝、清々しい気持ちで街へと繰り出した自分を待っていたのは、インドが用意した「洗礼」でした。
道を歩いていると、一人の男性に声をかけられました。「自分はネパールからの観光客だ。一緒に観光しないか」と、流暢な英語で話しかけてくる。特に断る理由もなく、せっかくの旅だからと同行することにしました。

近くの寺院をいくつか一緒に巡り、会話を重ねるうちに、なんとなく「悪い人ではないな」という感覚が芽生え始めます。インドで出会った旅人との縁、そんな気分でした。
しばらく歩くと、彼が「トゥクトゥクで少し遠くの観光地も回ろう」と提案してきた。乗り込んだのは一台のトゥクトゥク。ドライバーは無口で、しかしどこか慣れた手つきでデリーの道を進んでいく。

そこから半日、いくつかの観光スポットを巡りました。

寺院、市場、歴史的建造物——ネパール人の彼が案内してくれる場所を次々と訪れ、写真を撮り、その土地の空気を吸い込んでいく。悪くない時間でした。

しかし、別れ際に事態は一変します。
「今日のトゥクトゥク代と観光のガイド料、合わせてこれだけ払ってほしい」と差し出された金額は、日本円にして3万円に迫るものでした。
さすがに、これはおかしい。

そう思い、「それは高すぎる」と伝えると、男の表情が一瞬で変わりました。
「ボスのところに連れて行く」——そう言葉を重ね、じわじわと圧力をかけてくる。
身の危険を感じた自分は、その場を収めることを最優先に判断し、渋々その金額を支払いました。

後になって冷静に振り返ってみると、全ての点が一本の線で繋がっていきます。最初に声をかけてきたネパール人と、トゥクトゥクのドライバーは、最初から「グル」だった。旅人を装って近づき、信頼を醸成し、半日かけて距離を縮め、最後に法外な金額を請求する。インドでは「詐欺」として広く知られる手口に、自分は見事に引っかかっていたのです。笑

悔しさよりも先に、「やられた」という清々しいほどの敗北感がありました。
しかし今思えば、これこそがインドという国の「洗礼」だったのかもしれません。ルールも、常識も、安全も——自分がこれまで旅してきたどの国とも違う文脈で動いている場所。それがインドだということを、身銭を切って学んだ一日でした。

この経験が、その後のデリー滞在をより研ぎ澄まされたものにしてくれたのは、間違いありません。
ニューデリーの物語は、まだ続きます。第二章では、ラクシュミー・ナーラーヤン寺院の荘厳な美しさと、デリーの路地で出会った「食の真髄」をお届けします。
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