仲間たちが帰国して、パタヤに自分だけが残りました。
ここからは一人旅です。
誰かと一緒にいる旅も好きですが、自分の本来のスタイルは、一人で気ままに動くこと。
行きたい場所に行き、食べたいものを食べ、疲れたら止まる。その自由さが、一人旅の何よりの贅沢です。 まず、バイクを借りました。

パタヤではレンタルバイクが手軽に借りられます。ハンドルにスマホをセットして、地図を見ながら走り出す。

タイの広い道路を、風を切って進んでいく。王室のアーチが掲げられた大通りを抜けると、高層コンドミニアムが立ち並ぶ海沿いの道に出ました。

椰子の木が風に揺れている。どこまでも走っていけそうな気持ちになりました。
誰もいないビーチ
バイクで少し遠くまで走って、観光客のいない静かなビーチを見つけました。

パラソルの下にチェアを置いて、砂浜に足を投げ出して、波の音を聞きながら、ただぼんやりする。周りには地元の人がちらほらいるだけ。
パタヤの中心部の賑やかさが嘘のような静けさでした。 靴を脱いで、砂の上を歩きました。湿った砂が足の裏に張り付く感触。インドのチェンナイでは舗装された道を歩き、バンコクではアスファルトの上を歩いていた。この旅で初めて、裸足で砂の上に立っている。

夕方になると、海の向こうに太陽が沈んでいきました。桟橋のシルエットの向こうに、オレンジ色の光が広がっている。カップルが立ち止まって、その景色をスマホに収めている。自分はビールの瓶を置いて、ただ見ていました。
木の寺院
翌日、バイクでパタヤ郊外の寺院に向かいました。
その建物を初めて見た瞬間、言葉を失いました。

巨大な木造建築が、空に向かってそびえ立っている。屋根の先端には無数の彫刻が施されていて、塔のてっぺんまで、隙間なく木彫りの神々や動物が刻まれている。

釘を一本も使わずに建てられたという、全木造の寺院。まだ建設中で、一部には足場が組まれていました。完成まで何十年もかかるという。

始めた人が、完成を見届けられないかもしれない建築物。それでも作り続けている。 敷地内では、職人たちが実際に木を彫っている姿を見ることができました。

緑のユニフォームを着た彫刻師たちが、ノミとハンマーで一心不乱に彫り進めている。龍の鱗の一枚一枚、神像の指の一本一本を、手作業で削り出していく。その集中力と技術に、デザイナーとして深い敬意を感じました。

内部に足を踏み入れると、さらに圧倒されました。天井まで続く木彫りの壁。階段の両脇に並ぶ神像。窓から差し込む光が、木の表面に陰影を作っている。

インドのマハーバリプラムは石の寺院でしたが、ここは木の寺院。

素材は違えど、人間の手が何十年、何百年もかけて一つのものを作り上げていくという営みは同じでした。

階段に立って上を見上げた時、この建物が持つ途方もないスケールに、自分の小ささを改めて感じました。
水上の市場
寺院のあと、フローティングマーケットに立ち寄りました。

赤と青と黄色に塗られた木の船に乗って、水路をゆっくりと進んでいく。船の先端には花が飾られていて、両岸にはお土産物屋や食堂が並んでいる。

船頭さんが竿一本で器用に船を操っている。 水路沿いの屋台では、蒸籠から湯気が立ち上る点心や、鉄板の上で焼かれる小さなお菓子が売られていました。

船の上から眺めるその光景は、まるでテーマパークのようでもあり、でも確かに生活の匂いがする場所でもありました。

空芯菜の炒め物を頼んで食べました。
にんにくの香りが効いた、シンプルだけどうまい一品。

前日のパタヤの食堂でも食べたけれど、場所が変わると味わいも変わる。
水上ムエタイ
フローティングマーケットの中で、思わぬイベントに遭遇しました。
水路の上に組まれた木の台の上で、ムエタイの格闘パフォーマンスが行われていたのです。

赤いグローブをはめた選手たちが、水の上の細い足場で蹴りを繰り出し合う。バランスを崩せば水に落ちる。観客たちが周りを囲んで歓声を上げている。

一人の選手がハイキックを放った瞬間、相手が体をひねってかわし、その反動で自分が足場から落ちそうになる。ギリギリで踏みとどまった瞬間、周りからどよめきと拍手が起きました。 ムエタイはテレビでは見たことがありましたが、こんな形で、こんな近くで見るのは初めてでした。

格闘技というより、一つのショーとして完成されていて、見ていて純粋に面白かった。タイという国の懐の深さを、また一つ知りました。
焼肉と鍋の融合
パタヤ最後の夜も、やはり食で締めくくりました。 バイクで走っていて見つけた、ピンクのテーブルが並ぶローカル食堂。

バイクがずらりと並んでいて、地元の人たちで賑わっている。こういう店は、だいたい間違いない。 テーブルに着くと、素焼きの七輪の上に、ドーム型の銀色の鍋が運ばれてきました。

タイ式の焼肉鍋。鍋の中央が盛り上がっていて、その上で肉を焼く。周りの溝にはスープが張ってあって、焼いた肉をそのスープにつけて食べる。
この料理が、とにかく絶品でした。 焼いた肉の香ばしさと、スープの旨味が一つになる。名前は覚えていませんが、焼きと煮込みが同時に楽しめるこの仕組みは、日本にはない発想です。

箸が止まらない。スープを飲む。また焼く。また浸す。エンドレスでした。 スペアリブも頼みました。木の板の上に並んだ骨付き肉に、甘辛いソースがたっぷりかかっている。フライドポテトとコールスローが添えてあって、ボリュームが圧倒的。
これもまた、ビールが進む味でした。 パタヤの食は、本当に奥が深い。バンコクとはまた違う、海沿いの街ならではの豪快さがある。この旅で一番食べた街は、間違いなくパタヤでした。
サウナと夜のプール
食後、サウナに行きました。 木張りの室内に、サウナストーブが静かに熱を放っている。窓の向こうには緑が見える。

汗をかいて、外に出て、プールに飛び込む。冷たい水が全身を包む。
これだけで、極楽でした。 夜のプールは、青い照明に照らされて幻想的な雰囲気でした。

白い帆のような日除けの下で、人々がチルしている。

ビーチチェアに座って、カットスイカを食べながら、夜風に当たる。
旅の疲れが、全部溶けていくような時間でした。インドのNATCONの緊張、バンコクのカウントダウンの興奮、パタヤの食と冒険。

そのすべてを体に溜め込んでいた自分が、サウナとプールでリセットされていく。
最後の夕陽
パタヤ最終日の夕方。ビーチに出ました。

柵にもたれて、海を見ている人たちがいました。みんな同じ方向を見ている。太陽が、水平線に向かって沈んでいく。空がオレンジに染まり、雲の輪郭が金色に光っている。海面に太陽の光が一筋の道を作っていました。 この旅で、何度夕陽を見たでしょうか。

デリーの雑踏の向こうに沈む夕陽。チェンナイの海岸寺院に差す夕陽。バンコクのチャオプラヤ川に映る夕陽。そしてパタヤの海に沈む夕陽。
どの夕陽も同じ太陽なのに、見ている自分が違うから、毎回違う景色に見える。

でも、この旅で見た景色は、自分の中に残り続けると思います。
インドの石の寺院も、パタヤの木の寺院も、水上ムエタイの歓声も、あの鍋の味も。 全部を胸に、次の国マレーシアへ。
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