ミラノの洗練された街並みを背に、自分は次なる目的地、永遠の都・ローマへと向かいました。
車窓から流れるイタリアの風景を眺めながら、自分はこれまでのメキシコ、パリでの体験を反芻していました。
けれど、今回のローマには、どうしても果たさなければならない「忘れ物」がありました。

それは、2年前の滞在時に叶わなかった場所。世界で最も小さな国であり、カトリックの総本山、バチカン市国への入国です。

2年越しの宿願。世界最小の国家「バチカン市国」という特異点
ミラノからローマへ降り立った自分は、その足で真っ直ぐにバチカンを目指しました。バチカン市国は、イタリア・ローマの市街地の中にありながら、独立した主権を持つ世界最小の国家です。その面積はわずか0.44平方キロメートル。東京ディズニーランドよりも小さな土地に、教皇庁という強大な精神的権威が鎮座しています。

バチカンの歴史は、キリスト教の使徒の一人であり、初代教皇とされる聖ペテロの墓の上に、4世紀にコンスタンティヌス帝が聖堂を建てたことに始まります。
その後、中世からルネサンス期にかけて、ミケランジェロやラファエロ、ベルニーニといった歴史上の巨匠たちが、この神聖な場所を「美」で埋め尽くしていきました。

2年前、自分はこの門の前まで来ながら、時間の制約や混雑によって入国を断念せざるを得ませんでした。しかし、2025年11月1日。
ついにその境界線を越える瞬間がやってきました。バチカンへと続く壮大な一本道を歩きながら、自分は歴史の重みを一歩一歩踏み締めているような、不思議な高揚感に包まれていました。
2025年11月1日、歴史が動く瞬間。サン・ピエトロ広場での邂逅
自分がバチカンに入国した日は、カトリックにおいて全ての聖人を崇める重要な祝日「諸聖人の日(All Saints’ Day)」でした。サン・ピエトロ広場(Piazza San Pietro)に辿り着いた瞬間、その圧倒的なスケールと、広場を埋め尽くす人々の熱気に言葉を失いました。

巨大なオベリスクが中央にそびえ、それを取り囲むようにしてジャン・ロレンツォ・ベルニーニが設計した巨大な回廊が広がっています。4列に並ぶ284本のドーリア式柱は、まるですべての人を迎え入れるための「教会の両腕」のようです。
そして、この日は歴史的にも特別な空気が流れていました。広場には巨大なモニターが設置され、教皇の姿が映し出されていました。ちょうどこの頃、日本では「バチカンの指導者が交代する、あるいは重大な職務の継承が行われる」といった趣旨のニュースが駆け巡っていた時期でもありました。

カトリックという巨大な組織が、新しい時代へと舵を切る瞬間。その歴史的なうねりの真ん中に自分は立っていました。モニターに映る教皇の穏やかな、けれど強い意志を感じさせる言葉に、集まった信徒たちは静かに耳を傾け、時には歓喜の声が上がっていました。
2年越しに叶った入国が、このような歴史的なタイミングと重なったことに、自分は言いようのない「縁」を感じずにはいられませんでした。
信仰と美の具現化。サン・ピエトロ大聖堂が放つ光
サン・ピエトロ広場から見上げる大聖堂の姿は、まさに圧巻の一言でした。ミケランジェロが設計した巨大なクーポラ(円蓋)が空を突き刺すようにそびえ、その下には歴代の教皇たちが守り続けてきた信仰の歴史が眠っています。

広場のショップを覗くと、歴代教皇の精巧なフィギュアが並んでいました。一見すると微笑ましくもありますが、これほどまでに一人の人物の存在が、世界中の人々の心の拠り所となっているという事実は、日本の日常にいてはなかなか実感できない「宗教の力」そのものでした。

バチカンという国は、土地こそ小さいものの、そこにある情報の密度は無限大です。
一つひとつの彫刻、天井画のディテール、そして広場に集まる人々の瞳に宿る熱。そのすべてを吸収しようと、自分は夢中でシャッターを切り続けました。
永遠の都を歩く。ローマの陽光と、日常に溶け込む古代の記憶
バチカンでの神聖な時間を終え、自分は再びローマの街へと戻りました。ローマという街の面白さは、バチカンのような絶対的な聖域のすぐ隣に、極めて人間臭く、活気に満ちた「日常」が同居している点にあります。

夕暮れ時のローマは、建物全体がハチミツ色に輝き始めます。歴史を感じさせる重厚な建築物の1階には、オープンテラスのカフェやトラットリアが軒を連ね、人々はワインを片手に談笑を楽しんでいます。パリの洗練された美学とも、ミラノの先鋭的なモードとも違う、ローマ特有の「生(なま)のエネルギー」。

街を練り歩きながら、自分はこの街が持つ「許容範囲」の広さに驚かされました。2000年以上前の遺跡と、最新のスマートフォンを手にした若者。そのコントラストが、少しも不自然ではない。古いものを壊して新しくするのではなく、古いものの上に新しい層を重ねていく。その「地層のような文化」こそが、イタリア、そしてローマの美しさの根源なのだと感じました。

今回のバチカン入国、そして2025年11月1日の特別な体験。それは、2年前の「行けなかった」という後悔があったからこそ、これほどまでに深く自分の胸に刻まれたのだと思います。旅における「エラー」や「未達成」は、次に訪れる時の感動を最大化するための伏線に過ぎないと考えています。
次回はローマ市内をたっぷり堪能します。お楽しみに。
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