南海岸の絶景を走り抜けて、車は島の東の果て、そして北へと向かいます。
ここから先は、人の数よりも羊の数のほうが多いような、静かな静かな道のりでした。
アイスランド一周記、第三回です。

そしてこの区間で、自分はこの旅でいちばん会いたかった生きものたちと、ようやく出会うことになりました。
氷河湖を、あとにして
東へ向かう前に、もう一度だけ氷河湖のほとりに立ちました。
青白い氷の塊が、音もなく水面に浮かんでいます。
内側から青く光るその氷には、何百年もの時間がそのまま閉じ込められているようでした。

水鳥が、氷と氷のあいだを静かに泳いでいきます。
この景色をしっかりと目に焼きつけて、自分は一人、車に戻りました。
ここからは、ガイドブックにもあまり載っていない、東の道がはじまります。

海沿いに、東の果てへ
道は、深く切れ込んだフィヨルドの内側を、縫うように続いていきます。
雪をかぶった峰々の足元に、青緑色の海が静かに広がる。
対向車とすれ違うことさえ、ほとんどありませんでした。

フィヨルドの奥には、小さな漁村が肩を寄せ合うように建っています。
この東の一帯は、アイスランドでももっとも訪れる人が少ない場所だと聞いていました。

観光客の姿も、土産物屋の看板もほとんどない。
だからこそ景色は手つかずのまま残されていて、誰にも急かされずに自然と向き合えました。
ただ自分の感覚だけを頼りに、景色を受け取っていく。
そんな贅沢な時間を、自分はゆっくりと味わっていました。
雪を越えて、海へ降りる
北へ抜ける峠は、五月だというのに、まだ一面の雪に覆われていました。
見渡すかぎりの白い大地と、どこまでも続く溶岩台地。

木は一本も生えておらず、人の営みの気配もありません。
一日に何百キロも走り、ただ景色だけが少しずつ移り変わっていく。

この途方もない単調さが、不思議と心地よかったのを覚えています。

長い峠を下りきると、目の前にまた新しいフィヨルドが開けました。
雪をかぶった峰と、吸い込まれそうなほど深い水の色。

古い十字架が一本、海を見つめるように立っています。
これほど大きな景色の前では、日々の悩みごとが、ふと小さく思えてくるから不思議です。
パフィンに、会いに行く
今回の旅で、どうしても会いたい相手がいました。
パフィンです。

海辺の草の斜面に、自分で巣穴を掘って暮らす、小さな海鳥です。
足音を立てないように斜面へ近づいてみると、すぐ目の前にいました。

オレンジ色の大きなくちばしと、つぶらな目。
まるでペンギンのようなずんぐりした体で草のあいだをよちよち歩く姿は、見ているだけで自然と頬がゆるみます。

警戒しながらも、こちらをじっと見つめ返してくる。
野生の生き物と、これほど近い時間を分かち合えたのは、生まれてはじめての経験でした。

ときおり、海の上を低く、せわしなく羽ばたいて飛んでいきます。
ぽってりとした見た目からは想像できないほど、その飛び方は力強いものでした。

彼らは、冬のあいだ海の上だけで暮らし、春になるとこの断崖へ帰ってくるのだそうです。
小さな体のどこに、それだけの力が宿っているのか。

厳しい自然のなかで懸命に生きる姿に、自分はただ静かに心を打たれていました。

草の屋根の、赤い家
道の途中で、忘れられない家に出会いました。
壁も屋根もすっぽりと草に覆われた、昔ながらのアイスランドの家です。
木のほとんど育たないこの土地で、人々は土と草を積み上げて住まいを築いてきました。

緑の屋根は雪山に溶け込み、まるで大地の一部のようでした。
ただ美しいだけの景色ではありません。

そこで何代も生き抜いてきた人々の知恵が、静かに沁み込んでいる。
そう感じると、一軒の家が急に尊いものに見えてきました。
幾度も、滝に出会う
北部の道は、いくつもの滝を連れてきてくれました。
なかでも忘れられないのが、デティフォスです。
近づくにつれて、地面を伝う振動と、空気そのものを震わせる轟音が大きくなっていきます。

滝の縁に立つと、思わず足がすくみました。
茶色く濁った膨大な水が、地の底へ向かって一気に落ちていく。
ヨーロッパでもっとも力強い滝とも言われるだけあって、水しぶきは霧となって高く舞い上がり、太陽を受けて淡く光っていました。
自然の力の前では、人間はあまりにも小さい。
そのことを、頭ではなく体で思い知らされる場所でした。

もうひとつ心に残ったのが、神々の滝と呼ばれるゴーザフォスです。
ゆるやかな弧を描いて落ちる水は、デティフォスとはまるで違う、やわらかな美しさをたたえていました。

かつてこの国がキリスト教を受け入れたとき、古い神々の像をこの滝に投げ入れたのだと伝わっています。
信仰の節目を、これほど雄大な自然のなかで刻んだ人々の心持ちを思いました。

青緑色の流れを眺めていると、その言い伝えが、すっと胸に落ちてきます。
道中で出会った名もなき小さな滝まで含めれば、この島は、いったいいくつの滝を抱いているのでしょう。
水の豊かさそのものが、アイスランドという土地の素顔なのだと感じました。
湯けむりに、身を沈める
さて長い運転の疲れを癒やしてくれたのが、ハイシーズンのみの営業か?と心配しながら向かった天然温泉つきのキャンプ場。
決して有名な施設ではありませんが営業していました。

荒野のなかに、石を積んだだけの小さな湯だまりが、ひっそりと湯けむりを上げています。

すこし早めの時間にチェックインできたので、服を脱いで、スパを独り占め。
冷たい風が頬を撫でるのに、肩まで浸かった体は、芯からとろけるように温かい。

目の前には、雪をかぶった山と、どこまでも続く空が広がっています。
火山の島ならではの、地球の体温に抱かれているような時間でした。

この国の人々は、厳しい冬でも、こうして外の湯に浸かって過ごすのだといいます。
大地から湧き出る熱を、暮らしのなかへ自然に取り込んできたのでしょう。
誰もいない湯のなかで、ただ空を見上げる。
このために遠くまで来たのだと、心の底から思える瞬間でした。

少し時間が立つと多くの旅行者が訪れて定員オーバーに。早く来れてラッキーでした。
湯のほとりの、邂逅
その温泉で、忘れられない人に出会いました。
一台の黒いランドローバーのそばで、アウトドアチェアに腰かけ、静かにパソコンを開いている男性です。
かたわらには洗濯物が風にはためいていて、まるで荒野そのものを住まいにしているようでした。
あまりにもスタイルもかっこよかったので、話を聞いてみると、今は世界的なメタ社に勤めていて、来月からは別の会社へ移るのだと言います。

その会社の名前を聞いて、自分は思わず聞き返してしまいました。
「アンソロピック」
それはまさに、自分が日本で運営しているAIエージェントサービス、「FIRST INTELLIGENCE」の頭脳を生み出している、その会社だったのです。

世界の果ての、名もない温泉で。
これから同じ技術の最前線へ向かう人と、裸で湯に浸かりながら語り合っている。
世界の狭さと、不思議な縁を感じずにはいられませんでした。

それ以上に通じ合えたのが、彼の生き方そのものでした。
高級ホテルや、誰もが知るブランドのロゴ。
そういう分かりやすい豪華さを、彼はまるで追いかけていません。
飾らない場所で、本当に価値のあるものだけを選びとる。
華やかなホテルよりも、荒野の温泉を選ぶ、静かな贅沢。
その感覚が、自分のものと驚くほど近かったのです。

短い時間でしたが、彼とは深く通じ合えた気がしました。
住む場所にも、働く場所にも縛られず、本当に大切なものだけを抱えて生きていく。
そんな生き方があるのだと、彼は静かに教えてくれました。

この出会いだけでも、ここまで来た意味があったと思えるほどの時間でした。
北の町で、ひと息つく
やがて、アイスランド第二の都市、アークレイリにたどり着きました。
首都に次ぐ町とはいえ、人口は二万人に届かないほど。
それでも、雪山に抱かれた入り江の奥に広がるその姿は、息をのむほど美しいものでした。

何日も大自然のなかに身を置いたあとだと、人の暮らす灯りが、ことのほか温かく見えます。
スーパーの明るさや、すれ違う人の挨拶が、妙に懐かしく感じられました。
信号機の赤いランプが、ハートの形をしている。

そんな小さな遊び心に気づいて、思わず一人で笑ってしまいました。
こんな北の果ての町にも、人の温もりは確かに息づいているのです。

夜は、その日たどり着いた場所で、車のなかや、小さな山小屋に体を休めます。
道具をすべて自分の手で運び、自分の手で支度をする。
便利からいちばん遠いその時間こそが、この旅でいちばん豊かな時間だったように思います。

五月のアイスランドは、夜になっても空が暗くなりきりません。
時計を見れば真夜中なのに、外はまだ薄明るい。
白夜が近いこの季節は、一日がどこまでも長く感じられます。

旅も後半に入り、久しぶりに大きな街のスーパーへ立ち寄りました。
何日も自炊を続けてきた身には、棚いっぱいに並ぶ食材が宝の山のように見えます。
ここぞとばかりに、かごへ次々と放り込んでいきました。

それにしても、このスーパーがとてもおしゃれなのです。
木のぬくもりのある店内に、地元の器や食材が美しく並べられている。
ただ買い物をするだけの場所ではなく、その土地の暮らしの豊かさが、そのまま表れているようでした。

精肉のコーナーで、ふと目に留まったものがありました。
馬肉の塩漬けです。
アイスランドには、昔から馬の肉を食べる文化が根づいているのだそうです。
その珍しさにひかれて、自分は迷わずかごに入れました。
その夜は、例の鉄板の出番です。

キャンプ場はIHのコンロを設置しているところも多く、日本から担いできた鉄板で、塩漬けの馬肉をじっくりと焼いていきます。
香ばしい匂いが、冷たい空気のなかへ立ちのぼっていく。
焼けた肉をパンに挟めば、即席のホットドッグのできあがりです。

塩気のきいた肉の旨みが、一日じゅう走り疲れた体に沁みわたりました。
こんな贅沢な夜食を、世界の果ての荒野で味わえるとは思ってもみませんでした。

海原に、クジラを探して
翌日、日本の仕事を終わらせ、向かった目玉が、「ホエールウォッチング」でした。
拠点に選んだのは、先ほどの第二の都市アークレイリにほど近い、北の港町です。
このあたりの深い入り江は、クジラが数多く集まる海として知られています。

小さな船に乗り込み、見知らぬ旅人たちと肩を並べて、ひたすら海面を見つめました。
分厚い防寒着を着込んでも、冷たい潮風が容赦なく頬を刺します。
船首の上を海鳥が悠々と舞うなか、クジラに会えるかどうかは、その日の運次第なのだといいます。

どれくらい待ったでしょうか。
不意に、すぐ近くの海面が、ぬっと盛り上がりました。
黒く濡れた背中が、ゆっくりと弧を描いて、また静かに沈んでいく。
クジラです。

ムービーではたくさん撮ったのですが以外に写真が少なかったです。
それにしても、こんなに大きな生きものが、すぐそこで悠々と生きている。
そのことに、自分はしばらく言葉を失っていました。

船の上で、誰からともなく歓声が上がります。
言葉は通じなくても、同じ感動を分かち合った見知らぬ人たちと、自然に笑顔がこぼれました。
何度か背中を見せたあと、クジラは大きく尾びれを持ち上げ、深い海へと潜っていきました。

小さなパフィンから、海の巨人まで。
この島は、最後の最後まで、惜しみなく命の姿を見せてくれました。
港へ戻る船の上で、自分はずっと、過ぎていく海を眺めていました。
遠くまで来て、あえて不便を選び、自分の足と手だけで前へ進む。
便利さのなかでは決して手に入らないものを、この島は静かに教えてくれます。

湯のほとりで出会ったあの旅人の言う「本物の贅沢」とは、きっとこういう時間のことなのでしょう。
そうやって過ごした時間は、これから先の自分を、きっと深いところで支えてくれるはずです。

その夜も、太陽はなかなか沈もうとしませんでした。
水平線のあたりが、いつまでも金色に染まったまま、ゆっくりと夜へ移ろっていく。

眠るのが惜しくて、自分は車のそばで、ただその光を眺めていました。
こうして、長かったアイスランド一周も、いよいよ終わりに近づきました。
そしてこの旅には、自分へのご褒美として決めていた、最後の場所が残っています。

青く輝く、あの温泉です。
旅のしめくくり、ブルーラグーン編へと続きます。
この記事を書いた人

- 代表取締役
- 株式会社FIRST MADE代表取締役。
Webブランディング10年を経て、2026年に中小企業向けAIエージェント事業「FIRST INTELLIGENCE」を立ち上げ。
自社でも15名のAIエージェントを日々の業務に運用し、実体験に基づくAI導入支援を行っています。
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