『深夜特急』を鞄に、ひとり寝台列車でダナンからハノイへ

2026.07.13

七年ぶりのダナンの旅も、いよいよ締めくくりです。
残された時間を惜しむように、最後の二日間は、朝から夜まで歩きまわりました。
そして旅の終わりに、自分は少しだけ特別な帰り道を選びました。

石の山の、なかへ

向かったのは、街の南のはずれにそびえる、大理石でできた五つの岩山です。
ふもとには色とりどりのランタンが揺れ、岩肌に沿って、ガラス張りのエレベーターが延びていました。

五行山のふもとのランタンとエレベーター

岩山の内側には、いくつもの洞窟と祠が隠れています。
岩の裂け目から差し込む一筋の光が、ひんやりとした闇をやわらかく照らしていました。

光の差し込む洞窟

洞窟の奥に、白い観音様が立っていました。
背に負った光の輪が、暗がりのなかで静かににじんでいます。

洞窟の白い観音像

さらに進むと、青い光に包まれた祭壇が現れました。
岩肌のすきまに、祈りの気配がしんと満ちています。

洞窟の祭壇

細い石段をのぼって、ふり返る。
いま歩いてきた深い穴の底を、豆粒のような人影がゆっくりと動いていました。

洞窟を上から見下ろす

のぼりきると、視界がいっぺんに開けました。
街のずっと向こうに、白く光る海。
七年で背を伸ばしたビル群が、緑の岩山とふしぎに調和していました。

五行山からの眺め

山ひとつが、まるごと祈りの場所。
この国の懐の深さを、また一つ知った気がします。

宵の街を、歩く

陽が落ちてから、街なかの市場をのぞきました。
赤いネオンとランタンに照らされた入口が、夜の街に浮かびあがっています。

夜のハン市場の入口

なかへ入ると、乾物や菓子や土産の店がびっしり。
吹き抜けの空間に、売り子さんの声が飛び交っていました。

ハン市場のなか

市場を出て、灯りのともる街角をぶらぶらと歩く。
古い洋館のカフェが、宵闇のなかで金色に浮かんでいました。

宵闇に浮かぶ街角のカフェ

歩くだけで、絵になる街。
七年前より、夜の景色はずっと豊かになっていました。

最後の夜は、長く

夜は、みんなでベトナム料理の店を囲みました。
海老のココナッツカレーに、生春巻き、蟹のチャーハン。
テーブルいっぱいに、この国のごちそうが並びます。

ベトナム料理の並ぶ食卓

おなかを満たしたあとは、川べりの夜市へ。
きらびやかなゲートの奥に、屋台の灯りと人いきれが渦を巻いていました。

ダナンの夜市のゲート

焼きたての貝や串が、屋台の台にずらり。
湯気と煙のあいだを、ゆっくりと歩きます。

夜市の屋台に並ぶ海鮮

締めは、路上に椅子を出しただけの店で、一杯の麺を。
半熟の卵とつみれの汁に、ライムをきゅっと絞る。
この気取らない味が、いちばん記憶に残るのです。

夜屋台の麺

と思ったら、宿へ帰る道で誰かが「ピザ」と言い出して。
日付が変わる頃、窯焼きのマルゲリータをまた囲んでいました。

深夜の窯焼きピザ

笑いすぎて、食べすぎて。
みんなで過ごす最後の夜は、こうして長く、にぎやかに更けていきました。

翌日、仲間たちはそれぞれの暮らしへと帰っていきました。
ここから先は、ひとりの旅です。
飛行機ならひとっ跳びの道のりを、あえて夜行列車でゆくことにしました。

ひとりの、昼下がり

ひとりになると、時間は急にゆっくり流れはじめます。
空芯菜の炒めものと、よく冷えた瓶ビールを一本。
それだけの昼食が、妙に贅沢に感じられました。

空芯菜炒めと瓶ビールのひとり昼食

食後は、ランタンの店をのぞきました。
天井いっぱいに、色とりどりの灯りがふわりと浮かんでいます。

天井いっぱいのランタン

誰と話すでもなく、ただ歩いて、ただ眺める。
ひとりの旅には、ひとりの旅の豊かさがあるのだと思い出しました。

白い観音の、まなざし

午後は、海に突き出した半島へ足を延ばしました。
木陰に赤い短冊の揺れる坂道の向こうに、青い海がきらめいています。

半島の坂道と青い海

坂をのぼった先に、真っ白な観音像が立っていました。
青い空に向かって、まっすぐに。その大きさに、思わず足が止まります。

リンウン寺の白い観音像

境内には、線香の細い煙がたなびいていました。
盆栽の庭の向こうに、白い観音様が静かに立っています。

線香の煙と境内の庭

龍の彫りをまとった門の先には、湾をかこむ街と、増えつづける高い建物。
変わりゆく街を、この観音様はずっと見守ってきたのでしょう。

リンウン寺の門と海

静かなまなざしの下で、旅の終わりの心が、すっと整いました。

駅へ、向かう

山を下りて、道ばたのカフェでひと休み。
練乳入りの濃いコーヒーが、火照った体にしみわたります。

ベトナムコーヒーと街角

発つ前に、もう一度だけこの街の味を。
香ばしいパンにたっぷりの具をはさんだ、バインミーを頬張りました。

バインミー

そして夕方、荷物をまとめて駅へ。
待合室には、大きな荷物を抱えた旅の人たちが、思い思いに列車を待っています。

ダナン駅の待合室

ここから先は、線路の旅です。
南の海の街をあとにして、北の都ハノイへ。長い長い、夜の旅のはじまりです。

深夜特急に、揺られて

ひとりで乗り込んだのは、蓮の花の灯りがともる寝台列車でした。
窓辺の小さなランプが、木漏れ日のようなあたたかい光を落としています。
鞄から取り出したのは、若い頃に夢中で読んだ、一人旅の物語。

寝台列車の窓辺のランプと文庫本

乗り合いの車で大陸を西へ向かう、あの主人公のように。
自分もいま、ひとり、揺られながら国を横切っている。
そう思うと、少年のような気持ちが、ふいに戻ってきました。

藍色に暮れる車窓と蓮のランプ

窓の外は、藍色に暮れていきます。
狭い寝台に足を伸ばし、車輪の響きに身をあずける。
ひとりで過ごす夜が、こんなに豊かだったことを、思い出していました。

寝台個室の夜

ページをめくる音と、レールを刻む音。
このゆっくりとした時間こそ、旅のいちばんのごちそうなのかもしれません。

変わっていく街と、変わらない友と、そしてひとりの夜と。
ダナンで笑い合った仲間に、北へ運んでくれる列車に、静かに感謝を込めて。
七年ぶりの旅は、静かな夜のなかを、北へ北へと続いていきました。

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