前回の記事では、那覇の街を歩き、食べて、海を眺めた数日間のことを書きました。
ただ、この旅にはもうひとつ、どうしても書き残しておきたい一日があります。
この島がくぐり抜けてきた、戦争の記憶を訪ねた一日です。
少し重たい話になるかもしれません。
それでも、あの日に見たものを、見たままの順番で綴っておこうと思います。
祈りの日の、翌朝に
沖縄には、慰霊の日、という特別な日があります。
六月二十三日。
八十一年前、この島での組織的な戦闘が終わったとされる日です。
自分が島の南部へ向かったのは、ちょうどその翌朝のことでした。
最初に訪れたのは、ひめゆりの塔です。

塔の足もとには、ぽっかりと口を開けた壕が、当時のまま残されています。
戦争の末期、看護要員として動員された女学生たちが、この暗がりの中にいました。
供えられたばかりの花が、朝の光のなかで、まだみずみずしく揺れています。
前の日、ここでどれだけの人が手を合わせたのだろう。

かたわらには、全国から届いた千羽鶴が、色鮮やかに連なっていました。
その数の多さに、しばらく言葉が出ませんでした。
セーラー服の、まなざし
塔のすぐ隣にある、ひめゆり平和祈念資料館にも足を運びました。

館内の写真は、ありません。
というより、カメラを向ける気持ちには、どうしてもなれませんでした。
壁一面に並んだ、亡くなった生徒たちの遺影。
少女たちはどの子も、あどけない顔で、まっすぐこちらを見ています。
その一人ひとりに名前があって、好きなものがあって、帰りたい家がありました。

外に出ると、庭の緑があんまり穏やかで。
さっきまで見ていたものとの落差に、しばらく足が動きませんでした。
石を積んだ、祈りのはじまり
ひめゆりの塔からほど近くに、魂魄の塔、という慰霊塔があります。
戦争が終わった直後、野山に散らばっていた遺骨を、土地の人たちが拾い集めて葬った場所。
沖縄でいちばん最初の慰霊塔とも言われています。

慰霊の日の翌朝ということもあってか、入れかわりに人が訪れて、静かに手を合わせていきます。
祈る人の背中というのは、どうしてこんなに雄弁なのでしょう。
自分もその後ろに並んで、そっと目を閉じました。
ふるさとの、名前
車を、摩文仁の丘へ走らせます。
沖縄戦で最後の激戦地となった場所で、いまは平和祈念公園として整備されています。
丘のあちこちに、全国それぞれの土地の慰霊碑が立っていました。

そのひとつ、勇魂の碑と刻まれた石のかたわらで、亡くなった方々の名前が府県ごとに並ぶ黒い碑に目がとまりました。
なにげなく文字を追っていて、はっとします。
滋賀、の二文字。

海のない、自分と同じ県から、はるばるこの南の島まで来て、帰れなかった人たちがいる。
教科書のなかの出来事だった戦争が、急に、自分の暮らしと地続きになった気がしました。

碑の先はもう断崖で、目の下には、恐ろしいほど青い海が広がっています。
崖の下の、暗がりへ
丘の上から、崖の下へ降りていく細い階段を見つけました。

岩と岩のあいだを縫うように、一段ずつ降りていきます。
たどり着いた先にあったのは、ガマ、と呼ばれる自然の洞窟でした。

戦争の末期、大勢の人たちが、この暗がりに身を寄せ合っていたそうです。
入り口に立つと、ひんやりとした空気が、静かに流れ出してきました。

壕のそばの慰霊塔は、色とりどりの花に埋もれていました。
八十年あまりが経ったいまも、ここに花が絶えないこと。
それがこの島の人たちの、答えなのだと思います。
丘の上の、しずかな火
公園の中心には、海を見渡す広場があります。
その真ん中で、平和の火が、音もなく揺れていました。

高いところへのぼると、赤瓦の屋根の向こうに、摩文仁の緑と海がひと目で見渡せます。

あれほどのことがあった場所とは、どうしても思えない。
それくらい、静かで美しい眺めでした。

安らかに、とだけ刻まれた碑の前で、頭を下げます。
言葉は、それだけで十分でした。
少女たちの、最後の海
最後に向かったのは、荒崎海岸です。
草に埋もれそうな小道を抜けると、急に視界が開けました。

解散命令のあと、逃げ場を失ったひめゆり学徒隊の少女たちが、追い詰められた先のひとつが、この海岸だったと言われています。
白い波が、岩に砕けては、引いていく。

資料館で見た、あのあどけない顔の少女たちが、最後に見たのがこの海だったのか。
波の音しかしない海岸に、自分はしばらく、立ち尽くしていました。
岬に立つ、石の声
もうひとつだけ。
これは別の日に、島の北の果て、辺戸岬で出会った碑のことです。

祖国復帰闘争碑。
戦争が終わったあとも、この島は二十七年ものあいだ、アメリカの統治下に置かれていました。
本土にいちばん近いこの岬で、人々はかがり火を焚いて、海の向こうへ想いを送り続けたのだそうです。
戦争は、終わった日に終わるのではない。
ごつごつとした岩の上に立つ碑が、そのことを静かに教えてくれました。
青い海も、おいしいごはんも、路地の提灯も。

前回書いた楽しい旅の景色はぜんぶ、この歴史の上に載っています。
知らないまま楽しむことも、きっとできました。
でも、知ってから見る沖縄の海は、前よりずっと、深い青に見えました。
いつかまた、あの島を訪れるとき。
自分はきっと、まっさきに手を合わせに行くと思います。
この記事を書いた人

- 代表取締役
- 株式会社FIRST MADE代表取締役。
Webブランディング10年を経て、2026年に中小企業向けAIエージェント事業「FIRST INTELLIGENCE」を立ち上げ。
自社でも15名のAIエージェントを日々の業務に運用し、実体験に基づくAI導入支援を行っています。
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