アイスランド一周記 ─彩りの街レイキャビクと、ご褒美のブルーラグーン。

2026.05.30

アイスランドを反時計回りにぐるりと一周して、車はついに、出発地のレイキャビクへと帰ってきました。
十日あまり、来る日も来る日も大自然のなかを走り続けた旅も、いよいよ最終章です。
そして自分には、この旅の締めくくりに決めていた、ひとつのご褒美がありました。
けれどその前に、もう一度だけ、この小さな首都の街を歩いてみることにします。
アイスランド一周記、最後のエピソードです。

街に、帰ってきた

何日ぶりでしょうか、人の行き交う街なかに身を置くのは。
氷河や滝や、羊しかいない荒野を抜けてきた目には、信号も、カフェも、行き交う人々も、どこか新鮮に映ります。

世界最北の首都とはいえ、レイキャビクはとてもこぢんまりとした、人にやさしい街です。
高いビルもなく、歩いて回れるほどの大きさのなかに、暮らしの必要なものがすべて収まっている。
旅のはじまりに通り過ぎたときには気づかなかった魅力が、一周してきた今は、しみじみと感じられました。


同じ街でも、見る側の心持ちひとつで、こんなにも表情を変えるのですね。

街のどこからでも見上げられるのが、丘の上にそびえるハットルグリムス教会です。
ロケットのようにも、氷の柱のようにも見えるその姿は、この国の自然そのものを写し取ったかのよう。
聞けば、アイスランドの大地に無数に見られる、柱状節理の岩肌をかたどったデザインなのだそうです。
塔のてっぺんから街を見下ろすと、色とりどりの屋根が、箱庭のように広がっていました。
その向こうには、つい昨日まで自分が走っていた、白い山並みが静かに連なっています。

虹の道の、向こうに

教会へとまっすぐ続く坂道に、一面、虹色のペイントが施されています。
スコゥラヴォルズュスティーグルという長い名前のこの通りは、街の自由と寛容の象徴なのだそうです。
誰もがありのままでいられる街。

その願いが、足元の七色にこめられているように感じました。
派手に主張するのではなく、ただ静かに、すべての人を受け入れる。
小さな国が大切に守ってきたその精神が、なんともすがすがしく胸に響きました。

色を、まとう街

レイキャビクを歩いていて、いちばん心が躍るのは、家々の色彩です。
赤、青、黄、緑。

トタン張りの小さな家が、それぞれに鮮やかな色をまとって、肩を並べています。

北の空はどうしても灰色がちで、冬は長く、暗い。
だからこそ人々は、自分の家を明るく塗り、暮らしのなかに彩りを灯してきたのでしょう。
その一軒一軒が、まるで小さな灯台のように見えました。

角を曲がるたびに、新しい色に出会います。
同じ家は二つとなく、けれど街全体としては、不思議と調和している。

歩いているだけで、自然と頬がゆるんでいくのがわかりました。
厳しい環境を、嘆くのではなく、彩りで楽しんでしまう。
そんなこの国の人々の前向きな心ばえが、自分はたまらなく好きになりました。

路地裏の、遊び心

大きな通りから一本入ると、街の表情はがらりと変わります。
壁という壁に、大胆なウォールアートが描かれているのです。

落書きとは違う、ひとつひとつが作品と呼べる力作ばかり。
小さな街が、まるごと屋外美術館のようでした。

アイスランドは、人口わずか四十万人ほどの小さな国です。
それでいて、音楽や芸術の分野で、世界に名だたる才能をいくつも生み出してきました。
その創造の力は、きっとこうした日々の風景のなかから、自然と育まれているのでしょう。
何もないように見えて、この街には、人を表現へと駆り立てる豊かさが満ちていました。

 

一杯の、コーヒーと

歩き疲れたら、小さなカフェに入って、温かいコーヒーで一息つきます。
何日も自分で湯を沸かしてきた身には、誰かに淹れてもらう一杯が、しみじみとありがたい。
窓の外をのんびり眺めながら過ごす時間は、それだけでひとつの贅沢でした。

店員さんの何気ない笑顔や、隣の席から聞こえる穏やかな会話。
ひとりの旅だからこそ、そんな小さな温もりが、いつもより深く心にしみてきます。

レコード店や古本屋、こだわりの雑貨店をのぞいて歩くのも、街歩きの楽しみです。
小さいながらも、ひとつひとつの店に、はっきりとした個性と愛情がにじんでいる。
大きさや派手さではなく、本物の中身で勝負している。

そんな店主たちの心意気に、自分はすっかり惹かれてしまいました。
これは、自分が仕事において日ごろ大切にしていることとも、どこか深く重なります。

規模を追うのではなく、ひとりひとりに本当に価値のあるものを届けたい。
遠く離れたこの北の街で、その思いをあらためて確かめている自分がいました。

最後に向かったブルーラグーン

ひとしきり街を歩き、旅の余韻にひたったところで、いよいよ最後の目的地へ向かいます。
この旅のあいだ、ずっと自分に言い聞かせてきた、とっておきのご褒美。

アイスランドを訪れた世界中の人が一度は憧れる、あの青い温泉です。
車中泊を重ね、自炊を続け、荒野の小さな湯で体を温めてきた日々。
その不便な旅の最後に、思いきり上等な温泉で自分をねぎらおうと、ずっと心に決めていたのです。

頑張ってきた自分への、ささやかで、けれど最高のごほうび。
そう思うと、ハンドルを握る手にも、自然と力がこもりました。

長いあいだ自分を運んでくれた相棒のハンドルを握り、レイキャビクの街をあとにします。
ごつごつとした黒い溶岩台地を、しばらく走り抜けていく。
一面を苔がうっすらと覆い、あたりに緑はほとんどなく、まるで別の惑星に降り立ったかのような景色です。

この旅で何度となく目にしてきた、アイスランドらしい荒々しい大地。
それを眺めるのも、これが最後かと思うと、少しだけ名残惜しい気持ちになりました。
やがてその荒涼とした大地の真ん中に、突然、白い湯けむりが見えてきました。

青い湯に、身を委ねる

ブルーラグーンです。
真っ黒な溶岩に囲まれた、広大な湯のなか。

湯の色は、どう言葉にすればいいのでしょう。
青とも、白とも、乳白色ともつかない、この世のものとは思えない不思議な色をしていました。

もともとここは、地熱発電所の副産物として生まれた湯なのだといいます。
自然と人の営みが、思いがけず生み出した奇跡のような場所。
それが今では、世界中の人々が憧れる温泉になっているのですから、不思議なものです。

意を決して、そっと身を沈めます。
ほどよい温かさの湯が、全身をやわらかく包み込んでいく。

シリカという成分をたっぷり含んだ湯は、とろりとしていて、肌に吸いつくようです。
備えつけの白い泥を顔に塗れば、地元の人にならった、ちょっとした美容のひとときです。
湯のなかをゆっくりと歩き、気に入った場所を見つけては、しばらくそこにたたずむ。
ひんやりとした外気と、肌を包む湯の温度差が、なんとも言えず心地よいのです。

あたり一面に、もうもうと湯けむりが立ちのぼっています。
冷たい空気と、温かい湯と、立ちのぼる白い蒸気。
そのなかにただ身を委ねていると、頭のなかが、すうっと空っぽになっていきました。
何日も運転し続けた疲れも、旅のあいだに溜まった緊張も、湯のなかへ静かに溶け出していく。
これ以上のご褒美が、いったいどこにあるでしょうか。

不思議なもので、ぜいたくをしようと思って来たはずなのに、感じているのは正反対のことでした。
何も持たず、何もせず、ただ湯に浮かんでいる。
そのシンプルさのなかにこそ、いちばんの豊かさがある。
旅の最後に、この島はそんな大切なことを、もう一度そっと教えてくれた気がしました。

旅の、おわりに

湯にゆったりと浸かりながら、この旅のことを、ぼんやりと振り返っていました。
青く光る氷河湖、黒い砂浜の宝石、轟音をあげる滝の数々。
草原で出会ったパフィン、海原で背を見せたクジラ。
荒野の温泉で語り合った、忘れられない旅人。
そのひとつひとつが、湯のぬくもりとともに、胸の奥にゆっくりと沁みていきます。

遠くまで来て、あえて不便を選び、自分の足と手だけで、この島を一周しました。
便利さや豪華さとは、まるで逆の旅です。

それでも、いや、だからこそ、ここでしか得られないものを、自分はたしかに受け取りました。
何もない荒野のなかでこそ、人は本当に大切なものに気づくのかもしれません。

日本へ帰れば、また忙しい日々が待っています。
それでも、この旅で胸に刻んだ景色と静けさは、これから先の自分を、きっと深いところで支えてくれるはずです。
迷ったときには、あの青い湯のなかで感じた、何も持たないことの豊かさを思い出すのでしょう。
そう思えるだけで、この一周には、十分すぎるほどの意味がありました。

思えば、レイキャビクを出発し、世界最北の首都と大地の裂け目から始まったこの連載も、ずいぶん長い旅になりました。
南海岸の滝とダイヤモンドの浜、東の果てのフィヨルドとパフィン、北の海のクジラ、そして荒野の温泉での出会い。
四つの章にわたって綴ってきた景色のすべてが、この青い湯のなかで、ひとつにつながった気がします。

長きにわたったアイスランド一周記も、これで本当におしまいです。

次回はポーランド経由で日本に帰国する内容をお届けします。

この記事を書いた人

山中貴司
山中貴司代表取締役
株式会社FIRST MADE代表取締役。
Webブランディング10年を経て、2026年に中小企業向けAIエージェント事業「FIRST INTELLIGENCE」を立ち上げ。
自社でも15名のAIエージェントを日々の業務に運用し、実体験に基づくAI導入支援を行っています。
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