メキシコシティの喧騒が遠ざかり、機内の窓から差し込む朝日は、どこか新しい物語の始まりを予感させるほどに澄んでいました。
国内線に揺られること約2時間。高度が上がるたび、眼下に広がる景色が塗り替えられていくように、自分の中の「日常」もまた、静かに剥がれ落ちていくのを感じていたんです。

たどり着いたのはチアパス州。名前だけは何度も耳にしてきたけれど、実際にその土を踏むとなると、期待と少しの緊張が混ざり合い、胸の奥がざわつきました。

メキシコシティの乾いた風とは明らかに違う、大地の呼吸そのもののような匂いに、思わず足を止めました。 「あぁ、別世界に来たんだな」 独り言がこぼれるのを、空港の出口で待っていたチアパスJCの皆さんの弾けるような笑顔が包み込んでくれました。彼らのあたたかな歓迎に触れたとき、旅の緊張は、心地よい安心感へと溶けていった。

車に揺られながら眺める街並み、力強く根を張る植物たち、そして道をゆく人々の穏やかな歩調。すべてが、チアパスという土地だけが持つ独自のリズムを刻んでいる。懐かしいようでいて、決定的に未知。そんな不思議な予感に満ちた、旅の入口でした。

琥珀色の旋律と、魂を揺さぶるポソルの熱に酔いしれて
チアパスでの最初の夜。案内していただいのは「Las Pichanchas」という、まるで歴史が息づく劇場のようなレストランでした。

重厚な扉を開けた瞬間、複雑に絡み合うスパイスの香りと、香ばしく焼き上がるトルティーヤの匂いが鼻腔をくすぐる。木の温もりに満ちた空間は、これから始まる「宴」を静かに待っているようでした。
中央のステージでは、色鮮やかな民族衣装を纏った女性たちが、静かに出番を待っています。スポットライトに照らされた精緻な刺繍が、闇の中に浮かび上がる宝石のように輝いて見えました。

音楽が鳴り響いた瞬間、空気が震えました。 大きく弧を描いて広がるスカートは、もはや布ではなく、色彩そのものが意思を持って踊っているかのようで。観客の視線を、その場の熱狂を一瞬で奪い去っていく。

その舞に込められていたのは、単なる美しさではなく、この過酷で美しい土地を生き抜いてきた人々の、祈りに似た誇りだったのかもしれません。

その圧倒的な熱量のなかで差し出されたのが、伝統飲料「ポソル(Pozol)」でした。 ひょうたんの器に注がれた、素朴な佇まいの白濁した飲み物。一口含んだ瞬間、土のニュアンスを含んだ独特の酸味が広がり、その直後、驚くほどの熱が喉の奥を駆け抜けていきました。 「これ、強いですよ」 隣で笑う仲間の言葉通り、その一杯は胃の腑に落ちた瞬間、身体の芯を熱く焦がしていく。

でも、その強烈な刺激こそが、チアパスの文化をそのまま自分の血肉に取り込んでいるような、そんな確かな実感をくれました。

運ばれてくる郷土料理を、仲間たちと分け合う。鶏肉をじっくりと煮込んだその一皿は、驚くほどシンプルで、けれど底知れない奥行きがありました。

「本物の味って、こういうことなんだろうな」 言葉にせずとも、食卓を囲む全員が同じ空気を感じている。効率化された現代で、あえて手間暇をかけ、伝統を守り続けることの豊かさを、チアパスの夜は教えてくれました。

壁画が語る大地の記憶と、静寂の議場に刻まれた自分の名前
翌朝、訪れたのはチアパス州議会(H. Congreso del Estado)。 昨日までの祝祭の空気とは打って変わり、そこには歴史の重みが静かに降り積もっていました。一歩足を踏み入れると、ひんやりとした静寂が自分を包み込みます。

まず目を奪われたのは、壁一面に描かれた巨大な壁画でした。 それはもはや絵画という枠を超えた、魂の記録。チアパスの人々が歩んできた苦難の道、守り抜いてきた信仰、そしてこの豊かな自然。過去と現在、そして未来への祈りが、うねるような色彩の中で溶け合っている。

案内してくださったスタッフの方が、自国の文化を語るその瞳の輝きに、自分は言葉を失いました。自分の根っこを愛し、誇りを持つ。その強さが、この壁画を支えているのだと感じたからです。
案内された議場の中央には、重厚なテーブルが鎮座していました。

そこに置かれた「Takashi Yamanaka」というプレート。 その一文字一文字を目にしたとき、自分が一人の旅人としてだけでなく、この歴史ある場所に正式に迎えられたのだという事実が、重みを持って胸に響きました。
自分という存在が、このチアパスの長い時間軸の中に、ほんの一瞬だけ交わったような、不思議な高揚感。

歴代議長の肖像が並ぶ「Muro(壁)」を前にしたとき、そこに刻まれた一人ひとりの人生と、メキシコという国の激動に想いを馳せずにはいられませんでした。写真の奥にある眼差しが、現代を生きる自分たちに問いかけてくるようです。

「自分は、何を残せるのか」と。 芸術と政治が、互いを尊重しながら共存するこの空間。それは、チアパスの誇りそのものが結晶化した場所でした。
欠片をつなぎ合わせて、また新しい旅路の空へ
公式訪問を終えた後の、夕暮れ時の食事。 店内に漂うサルサの香りと、オレンジ色に染まるテーブル。仲間たちとトルティーヤをちぎり合い、笑いながら過ごすひとときは、張り詰めていた心を優しく解きほぐしてくれました。 料理の味は言わずもがな。でも、それ以上に、一つの皿を囲んで語り合うその時間が、何よりも贅沢なご馳走でした。

振り返れば、チアパスでの時間は、強烈な色彩と深い静寂が交互に訪れる、魔法のようなひとときでした。 空港での熱い抱擁。 ステージに舞った極彩色のスカート。 喉を焼くポソルの温度。 議会で触れた、震えるほどの歴史の重み。 そして、食卓を彩った人々の笑顔。

そのどれか一つが欠けても、自分の中のチアパスは完成しなかった。 文化が濃く、歴史が深く、何より、人の温度が高い。 効率化された社会で、ともすれば忘れ去られてしまうような「不器用なまでの熱量」が、この地にはまだ、当たり前のように息づいていました。

旅は、効率よく目的地に辿り着くことだけが目的じゃない。 寄り道をして、戸惑い、その土地の匂いに包まれ、予期せぬ出会いに心を揺らす。その「余白」にこそ、私たちが本当に求めている言葉が隠されているのかもしれません。

チアパスの余韻は、今も静かに心の中に居座っています。 でも、旅はまだ、終わりません。

次は、さらに深い場所へ。標高の高い聖なる村、チャムラ村の霧の向こう側へと向かいます。
この記事を書いた人

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- 1985.11.09 滋賀⇄東京⇄滋賀
最近気になるのはChatGPT OpenAi関連… 生成Aiにはどう頑張っても勝てないのでもう考えることを辞めましたw
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