アムステルダムから飛行機で三時間ほど。北の海の上を越えて、自分はアイスランドに着きました。
火と氷の島、と呼ばれる国です。氷河と火山と、噴き上がる温泉と、果てしない無人の荒野。
一度は、自分の足で走ってみたいと思っていた場所でした。

今回は、空港でレンタカーを一台借りて、そこから約十日間の旅に出ます。
首都レイキャビクをスタートし、島をぐるりと一周する環状道路を、反時計回りに回りきること。
それが、この旅の大きな目標です。
長い旅になります。何回かに分けて、順を追って書いていきます。まずは、その第一日目から。
最北の首都に降り立つ
レイキャビクは、世界でいちばん北にある首都です。
人口はわずか十数万人。それでも街の中心には池があり、そのほとりに色とりどりの家々が肩を並べ、ゆったりとした空気が流れていました。

高い建物はほとんどなく、どこを歩いても空が広い。
これから向かう荒々しい大自然の入口とは思えないほど、この街は穏やかで、人懐っこい表情をしていました。
行列の先の、一本
街に着いて、まず向かったのは、一軒の小さなホットドッグの屋台でした。
「宇宙でいちばんうまいホットドッグ」という名を持つ、半世紀以上も続く名物店です。世界じゅうの旅人が、わざわざここに並びにくる。自分も列のうしろについて、ようやく一本を手にしました。

ソーセージに、甘いマスタードと、カリカリのフライドオニオン。
冷たい風のなかで頬張る熱々の一本は、長い移動の疲れを、ほろりとほどいてくれました。旅というのは、その土地のいちばん安くてうまいものから始まるのが、いちばんいい。
虹の道は、教会へ続く
レイキャビックの街の中心に、路面がまるごと虹色に塗られた一本の坂道があります。

その虹の道をまっすぐ上りつめた先に、灰色の巨大な塔がそびえていました。
ハットルグリムス教会。アイスランドの大自然の柱状節理――六角形に割れた溶岩の崖――を、そのまま建築にしたような姿です。

真下に立って見上げると、その大きさに圧倒されました。
派手な装飾はひとつもなく、ただ垂直の線が天へと駆け上がっていく。華美を削ぎ落とした先にある荘厳さ。この国の人たちが、自然の造形をどれほど敬っているかが、この一棟から伝わってきました。
色とりどりの、北の暮らし

教会から街へ下りていくと、波打つトタン板で覆われた、小さな家々が並んでいました。

黒い壁に赤い屋根、白い窓枠。厳しい風雪をしのぐための実用的な造りなのに、一軒ごとに色を変えて、どこか愛らしい。北の暮らしの工夫が、そのまま街の彩りになっていました。

通りには、目の覚めるような青い雑貨屋や、洒落たカフェが点在しています。
冬の長く暗い国だからこそ、人々は暮らしのなかに、意識して色を散りばめるのかもしれません。グレーの空の下でも、この街はちっとも寂しくありませんでした。

店先には、ロパペイサと呼ばれる伝統的なウールのセーター。

肩まわりにぐるりと幾何学模様を編み込んだ、この国ならではの一着です。羊の毛から作られる、軽くて暖かいその服は、厳しい自然と共に生きてきたアイスランドの人々の、知恵そのものでした。

これから始まる寒い旅路に、一枚、欲しくなりました。
大陸が、ふたつに割れる
午後、車を東へ走らせ、シンクヴェトリル国立公園へ向かいました。
ここは、地球の北アメリカプレートとユーラシアプレートが、ちょうど引き裂かれている場所です。

足元に走る巨大な裂け目を歩いていると、自分はいま、二つの大陸のあいだの「割れ目」の底に立っているのだと実感します。
プレートは、いまも一年に数センチずつ、確実に離れ続けているのだそうです。

そしてここは、千年以上も前の九三〇年、世界最古の民主議会「アルシング」が開かれた場所でもあります。
電気も建物もない、この風だけが吹き抜ける荒野に、人々が集まって法を語り合った。歴史の重みと、地球そのものの鼓動が、同じ一つの場所に折り重なっている。

アイスランドという国の懐の深さを、初日から思い知らされました。
岩を裂いて、水が落ちる
裂け目の奥には、滝がありました。オクサルアゥルフォス。

黒々とした溶岩の崖を割って、白い水が勢いよく落ち、ごろごろとした岩の上を泡立ちながら流れていきます。日本で見る滝の、やわらかな美しさとはまるで違う。
むき出しの地球の骨格を、水が力ずくで削っていくような、荒々しい迫力がありました。

水しぶきと、地を震わせる音。
まだ旅の初日なのに、自分はもう、この島の自然のスケールに完全に飲み込まれていました。
大地が、息を吹く
2日目の夕方、ゴールデンサークルと呼ばれる名所の一つ、ゲイシールの地熱地帯へ。
英語で間欠泉を意味する「geyser(ガイザー)」という言葉は、ここにあるゲイシールという泉の名前が語源になっているのだそうです。

その隣のストロックルは、数分おきに、轟音とともに熱湯を空高く噴き上げていました。地面が、生きて呼吸をしている。足の裏から伝わるその感覚に、自分は子どものように見入ってしまいました。

あたり一面、地面のあちこちから白い蒸気が立ちのぼっています。
硫黄の匂いと、ぼこぼこと煮え立つ泥。この島では、地球がまだ若く、生まれたての姿のまま動き続けているのだと、はっきりと感じられました。
全部、日本から積んできた
アイスランドの旅は、ほかのどの国とも、「旅のスタイル」がまるで違います。
ホテルを泊まり歩くのではなく、レンタカーを「家」にして、島じゅうのキャンプ場を渡り歩く。
基本は車の中で眠る車中泊ですが、夜はその土地土地のキャンプ場に車を停めて過ごす。それが、この島を旅する人たちの、定番のかたちなのです。

氷河と火山しかないような土地でも、要所要所にきちんとキャンプ場が整っているのが、この国の懐の深さでした。
そして今回いちばんこだわったのが、装備をすべて日本から持ち込んだことです。
寝袋も、携帯コンロも、調理器具も――そして肉を焼くためのあの鉄板まで、使い慣れた自分の道具を、はるばる日本から運んできました。

人里離れた荒野のただ中でも、温かい食事と眠る場所を、自分の手で完結させられること。
この「どこでも生きていける」という装備の安心感こそが、何もないアイスランドを旅するうえでの、いちばんの相棒になるのでした。足りないものだけは、こうしてレイキャビクのアウトドアショップで買い足していきます。

陽の沈まない夜の台所
五月のアイスランドは、夜になっても、ほとんど暗くなりません。
夜の十時を過ぎても空はまだ明るく、太陽は地平線のあたりをぐずぐずと漂っている。いわゆる「白夜」の季節です。
この経験は2年前の同時期に訪れたフィンランドと同じでした。時間の感覚が、だんだんと曖昧になっていきます。

その明るい「夜」に、は道端で車を停めて、ささやかな夕食を作りました。
日本から運んできた携帯コンロに火をつけ、その上に同じく日本から積んできた鉄板をのせる。
買い込んでおいたラム肉を、オリーブオイルでじゅうじゅうと焼く。皿も鍋も最小限の、たったそれだけの料理です。

けれど、雪をかぶった山々を眺めながら、白夜の光のなかで頬張るその一切れは、どんな高級店の料理にも負けないご馳走でした。
旅の贅沢とは、こういうことなのだと思います。立派な店でなくていい。自分の手で火を熾し、目の前の絶景を肴にする。それだけで、人はこんなにも満たされる。
何もない、を走り抜ける
翌日の朝。車のボンネットの上で、温かいスープをすすって体を起こします。

冷えた朝の空気のなかで飲む一杯が、じんわりと体の芯にしみていく。
車中泊の旅は不便なことも多いけれど、こういう何でもない一杯が、いつまでも記憶に残るのです。

道の途中、赤いカマボコ型の小さな建物に立ち寄りました。
「UNA ローカルプロダクト」という、地元の人が作ったものだけを集めた小さなお店です。羊や、パフィン(ニシツノメドリ)をあしらった素朴な看板。観光地の派手さはないけれど、その土地で暮らす人の手の温もりが、ぎゅっと詰まっていました。

店には、一枚ずつ色も模様も違う、手編みのセーターが並んでいました。
工場で大量に作られたものではない、誰かが冬の夜に一目ずつ編んだ服。効率とは正反対の、その手間そのものに価値が宿っている。ものづくりを生業にしてきた自分には、こういうものが、たまらなく愛おしく見えるのです。

そして、また車を走らせます。
見渡すかぎり、人工物が何ひとつない谷あいの道。対向車もほとんど来ません。ただ、果てしない大地と、流れる雲と、自分たちの車だけ。
「何もない」という景色が、これほど豊かで、これほど胸を満たすものだとは知りませんでした。
一周は、まだ始まったばかり
首都の色とりどりの街並みから、大陸の裂け目、噴き上がる間欠泉、そして白夜の荒野へ。
たった一日半で、自分はもう、いくつもの「初めて見る地球」に出会ってしまいました。火と氷の島は、想像していたよりもずっと荒々しく、ずっと懐が深い。

反時計回りの一周は、まだほんの始まりにすぎません。
この先に待っているのは、巨大な滝、黒い砂浜、氷河、そして人の住まない東の果て。次回は、いよいよ南の海岸線を、本格的に走り出していきます。
アイスランド一周記、第二回へと続きます。
この記事を書いた人

- 代表取締役
- 株式会社FIRST MADE代表取締役。
Webブランディング10年を経て、2026年に中小企業向けAIエージェント事業「FIRST INTELLIGENCE」を立ち上げ。
自社でも15名のAIエージェントを日々の業務に運用し、実体験に基づくAI導入支援を行っています。
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