カエルと牛の話。

2022.08.29

さて本日は教訓のお話。

みなさんも一度は聞いたことのあるお話だと思います。

この物語は「カエルと牛」や「牛とカエル」という題名で日本では子供たちに教えられています。
世界名作童話全集12,イソップ作。という子供たちの読む本には「かえるとうし」という題名で載っています。

たくさんの子カエルが水たまりで遊んでいました。

そこに牛が水を飲みにやってきました。さあ大変です。子カエルたちははじめて牛を見たものですから、大騒ぎで巣に逃げ帰りました。そして母カエルに早速話しました。

「こんなに大きな山のような生き物を見たよ。すごかったよ。」すると母カエルは「それは牛というもので、たいしたことはないのです。」

しかし子カエル達は大騒ぎで「大きい。でかい。びっくりした。」などと騒いでいるものだから、母カエルは不機嫌になって「牛なんてたいしたことはないのだよ。わたしがそれ以上になって見せてあげる。」 そして母カエルは息をすい、おなかにため込みました。おなかがぷくっとふくれて少し大きくなりました。子供たちは馬鹿にしていいました。「何だそんなの。ぜんぜん小さいや。牛はもっと大きかったよ。」すると母カエルはさらに息をのんで、「お前達が見たものはこのくらいだろう」子カエル達は黙っていません。

「そんなんじゃないよ。その千倍くらい大きかったよね。」「そうだ、そうだ。」大騒ぎです。母カエルも負けてはいません。「こんなものだろう」「いいやもっと大きいよ」「それじゃこんなくらいか」「いいやもっと」「こんなもんか」「いや・・・」「こんなもんだろう」・・・といった途端、母カエルのおなかが裂けて、その勢いで遠くに飛んでいってしまいました。

プライドと欲

ちょっとした変なプライドや見栄によって何かが失われることがあります。

それは社会的地位であったり、友情であったり、夫婦の仲であったりです。自分にとって何が大切なのか、普段私たちは自分の正義に従って行動しますが、一時の感情で失うものの大きさを考えると明らかに損なことがあります。

誰しも「人に良く思われたい」という気持ちがあります。心理学でもこれは人間の本能として、ごく当たり前に備えられているものといいます。とはいえ、その気持ちが行き過ぎるあまり、見栄やウソまでついてしまうのはさすがに考えもの。

もちろん夢や、目標は大きくて結構だと思いますが、日常生活や仕事においてこれを出しては、駄目だよね。話です。

カエルは”カエル”で本来の身の丈なのに、それには満足できず、欲を出した結末の悲劇と教訓。
自分には謙虚でいたいものです。

 


FIRST MADE

この記事を書いた人

TAKASHI YAMANAKA

CEO

1985.11.09 滋賀⇄東京⇄滋賀
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5年前に始めたBLOGも600記事を超えました。最近の気になるNewsはやっぱりウクライナ情勢。

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